vol.5

小宮山 宏さん

株式会社三菱総合研究所 理事長

1944年12月15日生まれ

未来に生きる子どもたちのために

2005年4月、第28代東京大学総長となり、大学の寄付推進に取り組んだ小宮山宏さんは、全国的な寄付啓発キャンペーン「寄付月間~Giving December~」(2015年より毎年12月実施)の推進委員長です。
一方で、個人的に続けておられるのは、東京大学アメリカンフットボール部「WARRIORS」への寄付。現在、「WARRIORS」は大学リーグ1部(トップ8)入りを果たし、「学生日本一」を目指しています。熱いOBとして、「かなり痛い金額だよ」と苦笑いしつつも、後輩の活躍を楽しみに、寄付でエールをおくっています。

東京大学総長が取り組んだ寄付推進

2005年に東大総長となったとき、前年の国立大学法人化を受けて、迅速に「東大改革」に着手した小宮山さんですが、その主な仕事の一つに、資金調達がありました。 
寄付推進に当たっては、いろいろと学んだそうです。
当時、ハーバード大学が 5,000 億円の損失を出したという報道があり、桁を間違えたのではと調べてみたところ、4 兆円を運用していたことがわかりました。一体、どうやってそれだけの寄付を集めるのかと、知人のマサチューセッツ工科大学(MIT)学長に聞いたところ、当時のMIT で135人、ハーバード大学には430 人ものファンドレイザーがいることを知りました。ハーバードでは、その人たちが毎年600億円集めており、4兆円の資金があったのです。 

そのほか、寄付の可能性のあるところへは、男性なら女性が、女性なら男性のファンドレイザーが行くことは、明快。一回寄付をした人は、また寄付するという「リピーターの原理」があることを知りました。
興味深いのは、寄付総額のうち、8、9割は大口寄付者によるけれど、かといって大口寄付者だけに声かけをすればいいかというと、小口寄付者がたくさんいないと、大口寄付者は出ないという、寄付の論理があるということです。
「東京大学創立130周年(2007年)のときには、130億円を集めました。主催者なので、自分でも寄付をしたけれど、実は、創立100周年の時に、わたしは寄付をしなかったんですよ。でも130周年の時には、その論理に倣いました。かつてのわたしのように、子供がいてローンを抱えた教職員にも、1,000円でもいいからと寄付を頼みました。その結果、寄付者が6割ぐらいになったかな。本当は、もうちょっと数が増えてほしかったところですが」
 こうして東大で、寄付集めに取り組んだ小宮山さんですが、成功のコツをお聞きすると、
「やり続けること。いいことをやっているのだから、諦めなければ、どこかで勝ちますよ」

お金を稼いでいればいい時代は終わった

アダムスミスの言葉に「市場経済において、各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される」があります。
「そういう状況をつくるためには、日本全体では大きすぎるので、少しローカルに考えて、頑張る。小さければ、人に迷惑をかけるような頑張り方ができないので、それぞれの人がやっていけば、全体がよくなっていく、ということだと思うんだな」
ところが、いまは、自分にとって一番いいことは、上に忖度することになってしまいました。「そういう社会にしてはいけないんだよ」という、小宮山さんの声に力がこもります。

昔、小さな村では、素封家が、優秀な子どもたちを世に送りだしました。そういう人たちが、明治維新を引っ張っていったという小宮山さんは、寄付の本質はそこにあると考えています。
その対極にあるのが税金です。東大総長のときに、寄付の可能性のある方に会うと、社会のためにお金を出すことはいやではないが、財務省の勝手に使われるのは我慢ならない。自分の意志で、こういうことに使ってくださいと言えるなら気持ちがいいという方が、たくさんいらしたということです。
寄付では、寄付先でお金がどのように使われるかについて知らせることの大切さを感じます。
「国が公共を担えない」時代となったいま、「寄付でなくても、ソーシャル・インベストメントでもいいと思う。ただ、お金を稼いでいればいい時代は終わった」と小宮山さんはいいます。

「先頭に立つ勇気」「本質を捉える知」
「他者を感じる力」

東京大学総長の時代に、学生に伝えた言葉が三つありましたが、これには、裏話があります。
入学式・卒業式の式辞で伝える言葉を決めたいと、哲学や工学などの4人の先生方と一緒に議論をしたそうです。そのときに小宮山さんが提案したのが、「先頭に立つ勇気」と「本質を捉える知」のふたつ。そこで、何かが欠けているという話になり、「惻隠の情」つまり「思いやり」ではないかと論じるなかで、最終的に「他者を感じる力」になりました。 
「わたしが、一番東大生にいいたかったのは『先頭に立つ勇気』だったんだけれど、最後に出てきたのが『他者を感じる力』。これを、4年間言い続けました」

東大の入学式といえば、平成31年度の学部入学式では、上野千鶴子さんが祝辞を述べました。上野さんは、女子学生の性差別から始まり、弱者が弱者のまま尊重される社会を求めて、新入生には、恵まれない人々を助け、支え合って生きてほしいと語りました。その内容がマスコミで取り上げられ、ジェンダー論に賛否両論。小宮山さんも意見を求められ、「素敵な祝辞。社会の不条理に対して、もっと意識を持ってほしい」と答えたそうです。
男女格差指数である「The Global Gender Gap Report 2018」では、世界149か国中、日本は110位だと嘆く小宮山さん。先陣をきる女性管理職が、飄々と地位を捨て、新境地を求め転身する姿に、「女性は度胸がありますね」と感心し、「日本は、まだ片肺でやっています。本当の両肺になったら、もっといい社会がつくれるんじゃないかと思います」

未来に生きる子どもたちのために

工学博士である小宮山さんは、東大ではアメフト部だったのですから、もちろんスポーツマン。子どものころは、ジャイアンツの王・長嶋に憧れた野球少年だったそうです。ところが、選手の入団契約の不透明さが重なったころに、アンチ巨人になったとか。そんなことにも、正義感の強さを感じますが、ご本人は「いたってシンプルな性格、サイエンティストとは、そういうものですよ」と。

いま、日本は、環境問題や高齢化、地方衰退などの課題を抱え、大きな転換期を迎えています。その課題を乗り越え、日本再生を目指して、小宮山さんは、サステナブルで希望ある未来社会を築く「プラチナ構想」を提唱し、地球が持続し、豊かで、人の自己実現を可能にする社会づくりを推進しておられます。
20世紀の経済大国の日本が「黄金の国」なら、21世紀は、持続可能な「プラチナの国」へ。それは、ご自身のお孫さんをはじめ、次世代の子どもたちに手渡したい日本の未来社会。

寄付を推進し、誕生日寄付にも心よく賛同人になってくださいました。社会の不条理を許さず、次世代のために未来を拓く。そんな小宮山さんにこそ、東大生に語った三つの言葉、「先頭に立つ勇気」「本質を捉える知」「他者を感じる力」が体現されています。
改めて、「かっこいい大人」とは、と教えていただきました。

インタビュー:

2019年6月

公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子

小宮山 宏(こみやま・ひろし)
1972 年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、東京大学工学部長等を経て、2005年4月に第28代東京大学総長に就任。2009年3月に総長退任後、同年4 月に三菱総合研究所理事長に就任。2010年には、サステナブルで希望ある未来社会を築くため、生活や社会の質を求める「プラチナ社会」の実現に向けたイノベーション促進に取り組む「プラチナ構想ネットワーク」を設立し、会長に就任。