vol.4
堀尾 靜さん
医師
1944年5月4日生まれ
医院の誕生日に
僕がチャリティーイベントを始めた理由
JRと名鉄線を乗り継いで、名古屋駅から約40分。愛知県碧南市にある新川町という小さな駅から徒歩数分の場所に堀尾医院があります。院長は堀尾靜さん。父親が開業した医院を1994年、50歳のときに引き継ぎました。
その開院日にあたる9月の第2土曜日、病院を地域に開こうという思いで、堀尾さんは、毎年「桜の木の下のコンサート」というチャリティーイベントを開催しています。売り上げは全額寄付しているので、いわば堀尾医院の誕生日寄付ということになります。この活動も2018年で24回目になりました。
村祭りのように1日を楽しむ
堀尾医院の広い敷地には、さまざまな樹木が葉を揺らし、季節の花が咲いて、心がほっと落ち着く空間です。エントランスには大きな桜の木があり、毎年、その木の周辺がイベント会場になります。手作りのネギ焼きやおでん、焼きそば、お菓子、飲み物などを販売する屋台が軒を連ね、それは賑やかです。
もうひとつ、このイベントの特徴は楽しい出し物で、堀尾さんが招聘したゲストたちが音楽や大道芸を披露してくれます。近年、人気なのはエイサーや阿波踊りの連で、集まった人たちも一緒に歌い踊ります。長年続けているだけに、もうすっかり地元の有名イベントになっていて、毎年500~600人ほどの人が遊びに来てくれるそうです。
こうして村祭りのような1日が終わり、屋台での収益金を寄付するのですが、寄付先はその年々で少しずつ変わります。地震などの大災害があれば被災地支援に、その他、社会福祉法人や国境なき医師団などの国際NGOにも寄付を行っています。ネパールに大震災があった年は、堀尾さんが直接、現地に出かけて支援金を渡したそうです。
「やろまいか!」のひと言で集まる仲間たち
「桜の木の下のコンサート」はたった1日のイベントですが、その準備は数ヶ月前から始まります。イベントは堀尾さん1人ではできません。長年手伝ってくれている10人ほどの役員が病院の一室に集まり、さあ、今年はどうするかという相談をするのです。役員の顔ぶれは多士済々。医療関係者、地元の人たち、堀尾さんがしばしば通う飲み屋の仲間など、いろんな人たちが手伝ってくれます。
「役員の人たちとは濃い絆があるので、『やろまいか(やろうよ)! 』のひと言で集まってくれます。仲間がいることが宝です。一応、僕が主催者という形にはなっているけれど、役員は各自、自分がやっているんだと思っています」
と堀尾さんはにっこりと笑います。もちろん、このイベント開催にはお金がかかります。堀尾さんは自分自身の収益の中から100万円くらいの予算を立てて、出演料、舞台や屋台の設営費、電気代、食材などの材料費を支払います。
「これがけっこうな金額になるので、イベントなど開催しないで、そのまま全額寄付した方が数字的には効果的かもしれない。でも、みんなでイベントをやって、参加してくれた人たちが全員にこにこしながら楽しい、嬉しい、ありがとうと言って利他で動いてくれる。その売り上げという手垢のついたお金、みんなの気持ちが混ざったお金は、たとえ金額が少なくなっても、寄付行為として価値があると思っています」
イベントを通して医学の新しい可能性が見えた
このイベントは寄付金を集めるという目的だけではなく、堀尾さんの医療の実践という位置づけでもあります。
以前、ギリヤーク尼ヶ崎さんという大道芸人を呼んで、会場で踊ってもらったことがあります。それを見ていた堀尾さんの患者さんで、いつも足が痛い、腰が痛いと訴える女性が、体の痛みをすべて忘れて、さっと歩いてご祝儀をあげていたのです。翌朝、堀尾さんのところにやってきて、「先生、昨日は楽しかった」とにこにこ顔で話をしてくれました。その時も体の痛みはまったく口にせず、普段とはまったく違う立ち居振る舞いをしていたのです。
「その様子を見ていて、病気というものは、いったいなんだろうかとすごく考えました。病気にはいくつかの重層した部分があって、ひとつの構造だけでできているものではないんですね。その中でも楽しい、気持ちがいいという思いが、病気を軽くするということもある。検査と治療と薬だけでは見えてこない世界が、こういうイベントをやると見えてきます」
堀尾さんは医師として、地域の患者と向き合うのが仕事の中核になっています。でもこれは個人対個人だけではなく、町の中、生活の中で医療と関連づけながらできあがったひとつの形で、ホリスティック医学(全体医学)の一環なのだと言います。
「生活のあらゆる場面で人が元気になり、病気が治ればいいなと思っています。以前、ホリスティック医学の重鎮の先生がイベントに来られて、『これはまさしくホリスティック医療だよ』と褒めてくださった時は嬉しかった。チャリティーイベントを通して、医療者という常識的な範囲でなしえること以上のことをやり得た。それが24年間続けてきた成果かもしれません」
寄付の行いは誰でもできる。
そこに気がついたことが人生の宝
「桜の木の下のコンサート」を長年続ける中で、堀尾さんは75歳になり、一緒に立ち働いてくれる役員も同じように年を重ねました。年々、屋台や舞台設営などの肉体労働が辛くなり、2017年はこれまでと趣向を変え、地元のホールを借りてチャリティ・ピアノコンサートを行ったそうです。しかし屋台を出し、歌い踊るイベントがなくなってみると、やっぱり寂しい。もう一度やりたいという声が出て、2018年から以前の通りのスタイルで再開しています。設営などの力仕事は、堀尾さんの息子さんが自発的に手伝うようになりました。
「息子は僕のやることを見ていたのでしょうね。それを批判的に見ていたのか、いいなと思って見ていたのかはわかりませんが、手伝おうと言いだしたのは、何かを感じたからかもしれません」
自分のやっている寄付の行いは、誰にでもできる、ごく普通のことなのだと、堀尾さんは強調します。
「でもこういう世界のことを知らないまま生きている人の方が圧倒的に多い。それに気がついたことが自分自身の宝だと思っています。寄付の金額はいくら少額でも、一生懸命にやったという気持ちが含まれている。それを大事にしながら、今後も続けていけたらいいなと思っています」
インタビュー:
2019年4月
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
堀尾 靜 (ほりお・しずか)
1944年愛知県生まれ。
医学博士。堀尾医院院長
両親ともに医師で、母親は94歳で亡くなるまで現役を貫いた。順天堂大学卒業後、名古屋大学第二外科、西尾市民病院勤務を経て、1994年に医療法人堀尾医院を開院。「生活の場での癒やし」に注目し、地域医療にも尽力している。
https://www.horioclinic.jp/