vol.1
瀬戸内寂聴さん
小説家/尼僧
1922年5月15日生まれ
欲をたつこと清らかさ
現在96歳、51歳で得度し、現在京都の寂庵にお住まい。月に一度の法話は大人気。多くの人が悩みを抱え相談に来るのだそうです。仏道の仕事とあわせて現在も文藝雑誌にも連載をつづける現役の小説家です。96歳での現役の作家は日本でただ一人。ほぼ毎日ペンを持つ生活が続いています。
すべてが美意識につながる
96歳という高齢でありながら、その姿は凛として美しく、近くにいるだけですがすがしい気持ちになります。そして終始笑顔をたやさないその顔からはまるで阿弥陀様の近くにいるような錯覚さえ覚えます。高齢になるということは肉体的には衰え、シワも増え、肌も老いていきます。しかし一方、内面から滲み出る美しさはその人の生き方が投影されるようにも思います。瀬戸内さんはすべての行動は自分の美意識にもとづくとも言います。食べるものも、着るものも、ふるまいも、思考も、そして会う人もだそうです。
「美意識の合わない人とは別れたほうがいいですよ。大人になって美意識なんて変わらないから。そういう人とはさっさと別れなさい」と笑いながら言います。確かに我々は日々の生活では自分の美意識にあわないことにも遭遇し、それに無理に向き合っていることも多いかもしれません。美意識を高めていくには常に意識し続けることが大事です。
笑いの効用
瀬戸内さんの法話に来る方が後を絶たない理由を伺ってみました。
「笑いがあるから」だそうです。「私の話は落語より面白いよ」と。人は笑いによって救われると言います。「だって笑いながら怒ることはできないでしょう、悩みがあっても1回笑えばその苦しみは少し楽になる、10回笑えばもう無くなりますよ」。笑いはすべての救いの源になる、と。法話に来られる方は様々な悩みや苦しみを持っている方。一つ一つの質問に真剣に答えながらも笑わせることを忘れないようにするというのです。
欲をたつこと清らかさ
出家とは欲望を絶つことです。だからといって欲望がないわけでもないのだとか。「欲望のない人なんておもしろくないでしょう」。性欲、食欲、睡眠欲、人は皆、欲望のかたまりです。でも、瀬戸内さんは「私はもう出家しているのだから」と欲望をおさえることができるのだそうです。51歳で出家し、性についてはきっぱり断ったといいます。「キスもダメですよ。でも好きな人はいてもいいんです。プラトニックラブですよ。みんなそんなことは出来ないと言いますが、出家すればできるんですよ」
「恋愛は、与えた以上のものを相手から求めるもの、時に醜い嫉妬や怒りや憎しみさえも抱くことになるのが恋愛です。性を伴わない愛は純愛とも呼べる美しいものです」。それは仏の道でありながら瀬戸内さんの美意識に通じるのかもしれません。そういう意味でも出家してよかったと言います。出家してなきゃそんなことできないですよ、と。今までに会ったかたで永平寺の禅師にお会いした時、その方は一度も女性と交わらなかったとの話を聞いて、どうしてそんなことができたのですかと聞いたら「それはお釈迦様がしてはいけないと言われたからです」と答えられたそうです。「清らか」な方だと言います。そういう人に出会えることがまた仏道に入ったおかげだと、おっしゃる瀬戸内さん。
「我々は欲望の中に生きています。出家ができなければ欲望をたつことはできない」ときっぱり言います。しかし欲望は断つことができないと理解した時、少なくとも制御できない欲望としっかり向き合うこともできるのかもしれません。
寄付について
寄付について伺うと、「寄付は誰もしたいとは思いませんよ。お金が有り余っている人なんているわけないでしょう。でもやっていることがいいことだからしなければいけないとも思うのです」。「それにそのやっている人が良い人であればなおさら応援をしたいと思うの」「寄付したお金がうまく運営されているのを知れば、それは嬉しいですよ」。その言葉のどれもが素直な想いとして伝わって来ます。
仏教のお勤めは、それで利益が出るようなものではないと言います。全身全霊で打ち込んだ小説や講演で稼いだお金で寄付をしていると。人からは、お金があるから寄付できるのだと思われるかもしれないですが、そんなことはまったくない、と言い切ります。お金だけでなく、原発の反対運動の先頭に立って断食座り込みをしたり、災害があればすぐに現地に行き、寄付とあわせて、災害にあった人の肩を揉んであげるといいます。長い行列のできるその人々の肩を瀬戸内さんの手で揉んであげ、みんなの話を聞いてあげることは何よりの安心のひと時を生み出すに違いありません。有り金をかき集めて被災地に向かうお気持ちを考えると心を打たれます。多くの人が同じように心を打たれ行動を共にする力となるのでしょう。
よいことだからしなければならない、良い人だから応援しよう。困っている人がいれば助けよう。こうした素直でまっすぐな行動もやはり瀬戸内さんの美意識なのかもしれません。
瀬尾まなほさんについて
この日も取材の傍に30歳の秘書の瀬尾まなほさんが同席されていました。最近彼女が出版した「おちゃめに100歳! 寂聴さん」という本が大人気。66歳も離れた二人の暮らしぶりが楽しく書かれています。彼女は偶然のように友人の勧めでここに来たそうです。それまで寂聴さんのことについて何も知らなかったそうですが、今ではどんな時も瀬戸内さんに喜んでもらおうと心から思って懸命に仕事をしています。その姿には感動すら覚えますが、そこには年齢を超えて支え合う二人の姿が、とても自然に美しく見えました。今は瀬戸内さんが喜んでくれること、楽しんでくれることが一番うれしいと、その内容は秘書という関係を超えて、尊敬と深い愛情に満ち溢れ、そのことが伝わって来ます。そして瀬戸内さんの、まさに「おちゃめな」日常も。
偶然とはいえ今や天職ともいう瀬尾さん、なぜここにいるのかを考えると、とても不思議だそうです。瀬戸内さんは「縁があったから来たんだよ」と。人間の縁とは人間の知恵では計り得ないのかもしれません。縁という人間の知恵を超えたところで、人と人はつながっているのかもしれません。
瀬尾さんはよく先生に手紙を書くそうですが、その返信は小説という形で頂いたそうです。「まなほ」さんをモデルに小説「モナへ」という作品ができたのです。それを手渡され読んだとき涙がとまらなかったとも言います。二人の師弟愛は日毎に深くなっていくようです。そして何より、瀬戸内さんは瀬尾さんのエネルギーを吸収してますます若返っていくようにすら見えます。ひ孫のような子供と一緒に暮らすこと。偶然とはいえ長く生きることにつながるのかもしれません。
すべての質問に素直にまっすぐに答えてくださる瀬戸内さん、言葉では「寄付なんてしたい人はいないよ」そういいながら、「でもいいことだから応援しなきゃねえ」。こんな言葉が聞いている人をホッとさせてくれます。51歳で出家された瀬戸内さん、出家して本当によかったといいます。その境地は我々にはわかるものではありませんが、欲望をたっていくということ、人の持つ欲望や見栄や地位を捨て切っていくことで、その向こう側に広がる澄みきった心の有り様を少しだけ垣間見たような取材でした。まだまだお元気な寂聴さん。これからも多くの人を笑わせてください。
インタビュー:
2018年9月
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)
1922年(大正11年)5月15日生まれ
小説家、尼僧。
1997年文化功労者、2006年文化勲章。
徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。学位は文学士(東京女子大学)。元天台寺住職、現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。徳島市名誉市民。京都市名誉市民。代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』『源氏物語現代語訳』。これまで新潮同人雑誌賞を皮切りに、女流文学賞、谷崎潤一郎賞、野間文芸賞などを受賞している。